強制労働製品輸入規制のグローバル展開:米国UFLPAの深掘りとEU新規則案が促す日本企業のサプライチェーン・コンプライアンス強化
導入:強制労働製品輸入規制の国際的潮流と日本企業への影響
国際社会において、人権尊重と企業の社会的責任(CSR)への要請は年々高まりを見せており、サプライチェーンにおける強制労働の問題はその最たる課題として認識されています。特に、特定の地域やサプライヤーによる強制労働によって生産された製品の輸入を禁止する法規制の動きは、グローバルに事業を展開する企業にとって避けては通れないコンプライアンス上の重要論点となっています。
米国ではすでに「ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act, UFLPA)」が施行され、新疆ウイグル自治区に関連する製品の輸入に厳しい規制を課しています。これに続き、欧州連合(EU)も強制労働によって生産された製品の市場投入を禁止する新たな規則案を提案しており、その動向は日本企業のグローバルサプライチェーン戦略に大きな影響を与えることが予想されます。
本稿では、これらの主要な法規制の概要、立法趣旨、具体的な要件、実務上の注意点、そして日本企業に求められるコンプライアンス対策について深掘りし、法務実務担当者の皆様が直面する課題解決の一助となる情報を提供いたします。
米国ウイグル強制労働防止法(UFLPA)の深掘り
2021年12月に成立し、2022年6月に施行されたUFLPAは、新疆ウイグル自治区における強制労働を背景とする人権侵害に対処するための画期的な法律です。その最も重要な特徴は、「反証可能な推定(rebuttable presumption)」の導入にあります。
1. 立法趣旨と背景
UFLPAは、米国政府が新疆ウイグル自治区で発生しているとされる強制労働やその他の人権侵害を深刻な問題と捉え、経済的な圧力を通じてその状況を改善することを目指して制定されました。特に、この地域で生産される特定の製品(綿製品、トマト製品、ポリシリコンなど)が強制労働に依存しているとの懸念が強く示されています。
2. 適用範囲と反証可能な推定
UFLPAは、新疆ウイグル自治区で全部または一部が製造された物品、または同自治区外で製造されたものの、同自治区からの材料やサービスを使用した物品について、「強制労働によって生産されたもの」と推定し、その米国への輸入を禁止します(UFLPA Sec. 3(a))。この「反証可能な推定」が、本法の運用における最大のポイントです。輸入者は、米国税関・国境警備局(CBP)に対し、以下の2点を明確かつ説得力のある証拠で証明できない限り、製品は輸入差し止めとなります。
- 当該製品が強制労働によって生産されたものではないこと。
- 自身がデューデリジェンスを尽くし、強制労働が存在しないことを確実に検証したこと。
CBPは、この推定を覆すためのガイダンスを公表しており、輸入者にはサプライチェーンの徹底した透明性確保と詳細な文書化が求められます。
3. 輸入者への要求事項とデューデリジェンス
CBPのガイダンスによれば、輸入者は以下の要素を含むデューデリジェンス、サプライチェーン管理、およびトレーサビリティシステムを構築・維持することが推奨されています。
- サプライヤーマッピングとリスク評価: サプライチェーン全体(Tier Nまで)を遡り、すべてのサプライヤー、特に新疆ウイグル自治区または関連企業との関係を特定し、強制労働のリスクを評価します。
- 行動規範とサプライヤー要件: 契約において、強制労働の禁止を明記し、サプライヤーに対しても同等の義務を課します。
- デューデリジェンスの実践と検証: 定期的なサプライヤー監査、労働者への聞き取り調査、賃金記録の確認などを通じて、強制労働がないことを検証します。
- トレーサビリティ文書の維持: 原材料の調達源から最終製品に至るまでの詳細なトレーサビリティ記録(生産記録、輸送記録、支払い記録など)を整備し、CBPが要求した際には速やかに提示できる体制を構築します。
- 是正措置: 強制労働のリスクが発見された場合、速やかに是正措置を講じるプロセスを確立します。
4. 具体的な運用事例と日本企業への影響
CBPはUFLPAの施行以降、多くの貨物を輸入差し止めにしており、その適用は非常に広範に及んでいます。特定の産業(太陽光パネル、アパレルなど)に加えて、サプライチェーンの奥深くにある原材料や部品まで遡及的に調査されるケースが散見されます。
日本企業は、直接的に新疆ウイグル自治区と取引がなくても、その地域から供給される部品や原材料を間接的に使用している場合、UFLPAの適用を受ける可能性があります。特に、米国市場に製品を輸出している企業は、自社のサプライチェーンだけでなく、海外の関連会社や共同事業体が関与するサプライチェーンにおいても、上記のデューデリジェンス要件を満たしているかを確認することが不可欠です。
EU強制労働製品禁止規則案の検討
EUもまた、強制労働によって生産された製品の域内市場への投入および輸出を禁止する新たな規則案を2022年9月に提案しました。この規則案は、UFLPAと類似する点が多いものの、独自の特色を有しており、日本企業は両者の違いを理解した上で対応を検討する必要があります。
1. 提案の背景と立法趣旨
EU規則案は、人権デューデリジェンスに関する包括的な指令案(Corporate Sustainability Due Diligence Directive, CSDDD)を補完する形で、より直接的に強制労働製品の市場からの排除を目指しています。グローバルサプライチェーンにおける強制労働の問題に対処し、欧州の価値観に沿った公正な貿易慣行を促進することが主な目的とされています。
2. 対象範囲と調査プロセス
EU規則案は、強制労働によって生産されたすべての製品を対象とし、特定の地理的範囲(UFLPAの新疆ウイグル自治区のような)には限定していません。欧州委員会または加盟国の所管当局は、強制労働の疑いがある製品について調査を開始し、強制労働の存在を立証する責任を負います。
調査プロセスでは、以下の要素が考慮されるとされています。
- 強制労働リスクの評価: 特定の地理的地域、産業分野、事業活動などにおける強制労働リスク。
- 企業の規模とリソース: 中小企業(SMEs)には、より比例的な(proportionate)デューデリジェンスが求められる可能性があります。
- 製品のライフサイクルとサプライチェーン: 原材料から最終製品までのバリューチェーン全体を評価します。
3. 米国UFLPAとの比較と日本企業への影響
EU規則案とUFLPAの主な相違点は以下の通りです。
| 項目 | 米国UFLPA | EU強制労働製品禁止規則案 | | :----------- | :---------------------------------------------------- | :------------------------------------------------------- | | 地理的範囲 | 主に新疆ウイグル自治区関連 | 特定の地理的範囲に限定せず、グローバルサプライチェーン全体 | | 立証責任 | 輸入者が強制労働の不存在を反証する責任を負う | 規制当局が強制労働の存在を立証する責任を負う | | 対象製品 | 強制労働によって全部または一部が生産された製品 | 強制労働によって生産されたすべての製品 | | 制裁 | 輸入差し止め | 域内市場からの排除、販売禁止、リコール |
EU規則案は、UFLPAのような「反証可能な推定」を導入していないため、初期の立証責任は規制当局にありますが、調査が開始された場合、企業は当局の調査に協力し、強制労働が存在しないことを示す関連情報を提供する必要があります。EU規則案は、UFLPAよりも広範な地理的範囲と製品を対象とする可能性があり、日本企業はEU市場への輸出・輸入において、より広範なサプライチェーンのデューデリジェンス体制を構築する必要が生じると考えられます。
日本企業に求められるサプライチェーン・コンプライアンス対策
UFLPAの施行とEU規則案の提案は、グローバルサプライチェーンにおける強制労働リスクへの対応が、もはや「良い行い」に留まらず、「事業継続に不可欠な法的義務」へと移行していることを示しています。日本企業は、以下の対策を講じることが推奨されます。
1. サプライチェーンの徹底的な可視化と透明性確保
- Tier Nまでのサプライヤーマッピング: 原材料供給元まで遡り、サプライチェーン上のすべての取引先を特定します。特に、紛争地域、人権問題が指摘される地域、強制労働リスクの高い産業(例: 鉱業、農業、繊維、電子機器製造)に関与するサプライヤーを重点的に特定します。
- 情報開示の強化: サプライヤーに対して、自身のサプライチェーンに関する情報開示を義務付け、契約に組み込むことを検討します。
2. リスク評価とデューデリジェンス体制の強化
- 強制労働リスクアセスメントの実施: 特定されたサプライチェーン全体で、強制労働のリスクが高い領域やサプライヤーを特定し、優先順位を付けて詳細なデューデリジェンスを実施します。
- 実効性のあるデューデリジェンスの実施: 書類審査だけでなく、サプライヤーへの訪問監査、労働者への聞き取り調査(通訳を介した匿名での実施を含む)、第三者認証の活用などを組み合わせ、強制労働の有無を多角的に検証します。
- 特定の指標の監視: 強制労働の一般的な指標(パスポートの取り上げ、移動の制限、不当な契約条件、多額の債務、過酷な労働環境など)を監視し、早期発見に努めます。
3. 契約条項の見直しとサプライヤーへの要求事項
- 強制労働禁止条項の明確化: サプライヤー契約において、強制労働の絶対的禁止、デューデリジェンス実施義務、情報開示義務、違反時の契約解除権などを明確に規定します。
- サプライヤーへの教育と能力開発支援: リスクの高いサプライヤーに対しては、強制労働防止に関する教育プログラムの提供や能力開発支援を検討し、サプライチェーン全体のレジリエンスを高めます。
4. 内部通報制度と苦情処理メカニズムの整備
- 効果的な苦情処理メカニズムの構築: サプライチェーン上で人権侵害が発生した場合に、労働者や地域社会からの通報を受け付け、適切に調査・是正するメカニズムを整備します。匿名での通報を可能とし、通報者への報復を禁止する体制が不可欠です。
- 是正措置と被害者救済: 問題が発覚した場合、速やかに是正措置を講じるとともに、被害者への適切な救済措置を検討します。
5. 最新動向の継続的な監視と専門家との連携
- 法規制動向の常時監視: 米国、EUのみならず、各国における強制労働関連法規制の制定・改正動向、ガイダンスの更新、執行状況などを継続的に監視します。
- 専門家との連携: 弁護士、コンサルタント、NGOなどの専門家と連携し、自社のサプライチェーン・コンプライアンス体制を定期的に評価・強化します。
結論:人権尊重を経営の核とするサプライチェーン戦略
強制労働製品の輸入禁止規制は、企業の倫理的責任と法的責任を統合する新たな経営課題として浮上しています。総合商社のようなグローバルなサプライチェーンを擁する企業にとって、これらの規制への対応は、単なるリスク回避にとどまらず、企業のレピュテーション、競争力、そして持続可能な成長を左右する重要な要素となります。
今後は、サプライチェーン全体の人権デューデリジェンスを経営戦略の核に据え、透明性の高い、倫理的な調達慣行を確立することが、国際社会における信頼を築き、事業機会を拡大するための不可欠な要素となるでしょう。法務部門は、単なる法規制の解釈に留まらず、事業部門と密接に連携し、実効性のあるサプライチェーン・コンプライアンス体制の構築を主導していくことが強く求められています。