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EUバッテリー規則がサプライチェーンに求める新たなデューデリジェンス義務:日本企業が取るべき戦略的コンプライアンスとは

Tags: EUバッテリー規則, サプライチェーン, デューデリジェンス, コンプライアンス, ESG, 循環経済

1. はじめに:サプライチェーンにおけるEUバッテリー規則の重要性

2023年8月17日に発効したEUバッテリー規則(規則(EU) 2023/1542)は、バッテリーのライフサイクル全体にわたる持続可能性と循環経済への移行を強力に推進する画期的な法規制です。この規則は、単にEU域内で販売されるバッテリー製品に対する要求事項に留まらず、その原材料調達から生産、使用、そして廃棄・リサイクルに至るサプライチェーン全体に広範なデューデリジェンス義務を課しており、特にグローバルなサプライチェーンを有する総合商社にとっては、その実務に多大な影響を及ぼすものと考えられます。

本稿では、このEUバッテリー規則の主要な要求事項を詳細に解説し、日本企業、特に多岐にわたる製品を取り扱う総合商社が直面するであろう実務上の課題と、それに対応するための具体的なコンプライアンス戦略について考察します。

2. EUバッテリー規則の概要と立法趣旨

EUバッテリー規則は、EUの「欧州グリーンディール」および「循環経済行動計画」の中核をなすものとして位置づけられています。その主要な目的は以下の通りです。

この規則は、ポータブルバッテリー、EVバッテリー、産業用バッテリーなど、ほぼ全ての種類のバッテリーを対象としており、その影響はバッテリーメーカーだけでなく、バッテリーを組み込む製品メーカー、リサイクル事業者、そして原材料サプライヤーから完成品供給までを繋ぐ商社にまで及ぶことになります。

3. 主要な要求事項と条文解釈

EUバッテリー規則は、大きく以下の主要な要求事項を包含しています。

3.1. デューデリジェンス義務(第48条)

本規則の特に重要な柱の一つが、バッテリー市場に出されるバッテリーに含まれる原材料(コバルト、鉛、リチウム、ニッケル、天然黒鉛など)の調達に関するデューデリジェンス義務です。これは、OECDが発行する「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・デリジェンス・ガイダンス」に準拠することが求められます。具体的には以下の要素が含まれます。

この義務は、サプライチェーンにおける人権侵害(児童労働、強制労働等)や環境破壊のリスクを特定し、対処することを目的としています。商社は、自社が直接バッテリーを製造していなくとも、原材料や中間製品の取引を通じてサプライチェーンに深く関与しているため、このデューデリジェンス義務の対象となる可能性が十分にあります。

3.2. 製品設計要件(第6条〜第9条)

バッテリーの設計段階から持続可能性を考慮する要件であり、主に以下の点が挙げられます。

これらの要件は、サプライヤー選定や製品設計において、環境性能と資源効率を重視することを促します。

3.3. 情報開示義務:バッテリーパスポート(第77条)

2026年以降、EVバッテリーおよび産業用バッテリーには、デジタル形式の「バッテリーパスポート」の導入が義務付けられます。これは、バッテリーの原材料構成、製造情報、カーボンフットプリント、性能、リサイクル情報などを包括的に記録し、サプライチェーン全体で共有・参照可能とするものです。

商社は、バッテリーパスポートに紐づく情報をサプライヤーから収集し、適切な形で開示・管理する体制を構築することが求められます。

3.4. エンドオブライフ管理(第59条〜第74条)

使用済みバッテリーの回収、処理、リサイクルに関する義務も強化されています。

商社は、この拡大生産者責任の観点から、リサイクル事業者との連携や回収スキームの構築にも関与する必要が生じる可能性があります。

4. 実務上の論点と課題

総合商社は、原材料のトレーディングから最終製品の輸出入まで、サプライチェーンの多岐にわたる段階に関与しています。EUバッテリー規則の要求事項は、以下のような実務上の課題を提起します。

5. 国際動向と今後の見通し

EUバッテリー規則は、世界中の他の地域におけるバッテリー関連規制の議論に大きな影響を与えることが予想されます。

EUバッテリー規則は、実質的に「デファクトスタンダード」となり、EU市場へのアクセスを維持するためには、世界中の企業がその要求事項に対応せざるを得ない状況を生み出すと考えられます。

6. 推奨されるコンプライアンス対策

総合商社がEUバッテリー規則への対応を進める上で、以下の戦略が推奨されます。

6.1. サプライチェーン全体のリスク評価とギャップ分析

まず、自社のバッテリー関連サプライチェーンにおける人権、環境、倫理的リスクを包括的に評価し、現在のコンプライアンス体制とEUバッテリー規則の要求事項とのギャップを特定することが重要です。特に、原材料の原産地、採掘方法、加工プロセスにおける潜在的なリスク源を洗い出す必要があります。

6.2. デューデリジェンス体制の構築と強化

OECDガイダンスに基づいたデューデリジェンス体制を構築または強化します。具体的には、以下の項目を検討してください。

6.3. デジタルツールを活用した情報共有プラットフォームの導入

バッテリーパスポートやカーボンフットプリントのデータ管理に対応するため、ブロックチェーン技術などを活用したデジタル情報共有プラットフォームの導入を検討します。これにより、サプライチェーン全体でのデータ連携を円滑にし、トレーサビリティを確保することが可能になります。

6.4. 既存契約の見直しと法務部門との連携

現在のサプライヤーとの契約に、EUバッテリー規則への準拠義務、情報開示義務、デューデリジェンスへの協力義務を盛り込む必要があります。法務部門は、契約条項の改定、コンプライアンス体制の法的レビュー、規制変更への対応計画策定において中心的な役割を果たすことが求められます。

6.5. 専門家との連携と社内研修の実施

環境法、国際貿易法、サステナビリティ専門のコンサルタントや弁護士と連携し、最新の法解釈や実務的対応策に関する知見を得ることが有効です。また、社内の関連部門(調達、営業、SCM、法務など)に対して、規則の内容と重要性に関する継続的な研修を実施し、意識向上と実務レベルでの対応能力強化を図ることが不可欠です。

7. 結論:規則遵守を競争優位に

EUバッテリー規則は、バッテリーサプライチェーンにおける持続可能性と透明性を劇的に高めることを目的としており、日本企業、特に総合商社にとっては、事業戦略の再構築を迫る大きな要因となります。この規則への対応は、単なるコストではなく、企業のレピュテーション向上、新たなビジネス機会の創出、そして持続可能な企業としての競争優位性を確立する機会と捉えるべきでしょう。

適切なデューデリジェンス体制の構築、情報共有のデジタル化、そして法務部門を中心とした全社的なコンプライアンス体制の強化を通じて、来るべき変化に先んじて対応していくことが、グローバル市場で事業を継続・拡大していく上で不可欠であると考えられます。